勘右衛門の時代錯誤な発言が物議を醸す理由
NHK連続テレビ小説『ばけばけ』の中で、小日向文世さんが演じる祖父・勘右衛門の言動が視聴者の間で大きな話題となっています。特に第18回の放送では、婿養子の銀二郎が出奔し、孫のトキまでもが松江に戻らない可能性が出てきた状況の中で、勘右衛門が発した「養子をもらって、またわしが鍛える」という言葉に、SNS上では批判が殺到しました。
この発言の何が問題なのでしょうか。それは、勘右衛門がまったく反省の色を見せていないという点にあります。銀二郎さんは朝から朝まで働かされ、疲れて帰ってきても労いの言葉ひとつなく剣術稽古に駆り出されていました。松野家の借金返済のために必死で働いても、遊郭での仕事を選べば「そんな格の下がる稼ぎは要らん」と突っぱねられる始末です。そんな過酷な状況に耐えかねて銀二郎が家を出たというのに、勘右衛門は同じことを繰り返そうとしているのです。
視聴者からは「怖い」「一番のホラー」「このおじじアカン」「反省していない」「懲りないおじじ」「被害者増やさないで」「不幸を繰り返すのはやめて」「同じことの繰り返し」「本気で言っているのか」「絶望的なセリフ」「救いようがない」といった非難の声が相次ぎました。塩も買えないほど困窮している松野家に、誰が養子に来るというのでしょうか。
勘右衛門の姿は、明治維新という激動の時代についていけなかった武士階級の象徴として描かれています。武家は家を守るということ以上に命題がなく、勘右衛門さんはそれ以外何も許さない時代を生きてきました。しかし時代は大きく変わり、個人の自由や幸せを考える新しい価値観が生まれてきているのです。それでもなお、まだ丁髷をしている勘右衛門は、古い価値観にしがみついて離れることができません。
興味深いのは、勘右衛門が息子の司之介に対しては厳しい教育をしなかったという点です。体たらくな息子にしたのは勘右衛門の責任が大きいのに、養子には過酷な試練を課そうとします。この矛盾した態度も、視聴者の反感を買う要因となっています。ある視聴者は「勘右衛門は、司之介をなぜにもっと厳しく教育しなかったのだろうか」と疑問を呈していました。
小日向文世さんの演技力も注目されています。「小日向さんもよくここまで役に徹しますよね。主役の高石あかりさんより目立ってます」という声もあり、憎まれ役を見事に演じきる姿に称賛の声も上がっています。役柄と俳優を区別できる視聴者からは「小日向さん非難轟々だそうですよ。してやったり、役者冥利に尽きますね」といったコメントも見られました。
このドラマが描く勘右衛門の姿は、単なる頑固な老人ではなく、時代の波に取り残された人々の悲劇を象徴しています。一度植え付けられた考えを信奉するのは容易いけれど、変更するのは如何に難しいか。現代を生きる私たちにとっても、考えさせられるテーマではないでしょうか。

東京で再会した二人の切ない選択
出奔した夫・銀二郎を探しに東京へやってきたトキ。第18回の放送では、ついに二人が再会し、互いの気持ちを確かめ合う場面が描かれました。しかし、そこには簡単には解決できない大きな壁が立ちはだかっていたのです。
銀二郎はトキと再会しても、あまり驚いた様子を見せませんでした。それどころか、トキのことは好きだけれど、もう松江の松野家には帰れないと土下座して謝罪したのです。トキも「朝から朝まで働かされて、それが一生続くかもしれない。そんなこと誰も我慢できません」と理解を示しました。そして銀二郎は、東京で二人一緒に暮らしませんかと提案します。
視聴者の多くは、この提案を支持しています。「このまま、松野家を捨て、銀二郎さんと東京で暮らす道を選んでほしい」「戻らなくて、そのまま2人で働いて仕送りしてあげてもいいと思うけどね」「銀二郎さんとこのまま東京で夫婦として暮らして行きたいという思いと、今まで育てて貰った大切な家族を天秤にかけなければならない究極の二択」といった声が相次ぎました。二人はお似合いだし、松野家を出た銀二郎さんの生き生きとした笑顔を見ると、本当にそう願わずにはいられません。
しかし、トキにとってこの選択は決して簡単なものではありませんでした。育ててもらった恩があり、松野家の家族を見捨てることはできないという気持ちが強くあったのです。トキは以前、実の父親である雨清水傅から、あの家を出て金持ちの家に嫁入りしないかと提案されたことがありました。そうすれば借金も返せると言われたのですが、トキは一人で幸せになっても楽しくないと言って断っています。血は繋がっていなくても、司之介やフミ、そして勘右衛門を家族として大切に思っているからこそ、簡単には離れられないのです。
第19回では、答えが出ないまま迎えた翌朝、仕事に出かける銀二郎をトキが夫婦に戻ったかのように見送る様子が描かれました。「でももう、ずっと一緒」と言った時の銀二郎さんのちょっと得意気な幸せそうな顔に、視聴者は切なさを感じずにはいられませんでした。錦織の下宿で四人で朝食を囲む場面では、銀二郎がアサリ汁を振る舞う姿が楽しそうで、このまま東京にいればトキは幸せだろうと思わせるものでした。
東京という新しい環境は、文明開化から取り残された松江から来た学生たちにとって、可能性に満ちた場所でした。狭くて抑圧された環境にいた銀二郎とトキには、ちょっと酷な環境ではあったものの、東京での新生活は二人に新しい希望を与えていたのです。話を聞いてくれて泊めてくれる錦織も、良い味を出していて頼りになる存在でした。
しかし史実を知る視聴者は、このまま二人が結ばれないことを理解しています。オープニングではヘブンとトキの仲が良さそうな写真が流れ、二人の未来を暗示しているのです。「オープニングだと離別か死別か」「分かっていてもいいんですよ。過程を楽しんでいるんですから」という声もありましたが、銀二郎がいい人すぎて不憫だから何とか上手くいかないかと切ない思いで見ている視聴者が大半でした。トキが家族のことを心配して東京で暮らせないのなら、松江に一人で帰るしかないという結末が見えているだけに、余計に切なさが増していくのです。
銀二郎が松野家を出奔した本当の理由
銀二郎が松野家を出奔した理由について、トキが錦織たちに説明する場面がありました。言葉にしてしまうと、「返しきれない借金があり、働くのが大変すぎて」逃げ出したことになってしまいます。しかし視聴者の多くは、そんな単純なものではなかったと感じているのです。
銀二郎がどれほど働いたか。疲れて帰ってきても労いの言葉一つなく剣術稽古に駆り出された日々。他の男たちはろくに稼ぎもせず自分にばかり頼っていた精神的負担。自分の実家を貶められたこと。やむにやまれず遊郭で働けば「そんな稼ぎは要らん」と突っぱねられたこと。これらすべてが積み重なって、銀二郎を追い詰めていったのです。
特に決定打となったのは、客引きをしていた時に勘右衛門が言った「そんな格の下がる稼ぎは家に入れるな!」という言葉だったと考えられます。必死に働いて得た収入を否定され、家の格式ばかりを重んじる勘右衛門の態度に、銀二郎は絶望したのでしょう。銀二郎の実家が馬鹿にされたことや遊郭での仕事を叱咤されたことなど、トキは知らなかったのです。
実際の史実では、同じ士族でも銀二郎の家は足軽身分だったそうで、義理の男二人にはだいぶ虐められたと言われています。ドラマでは義父は牛乳配達の仕事をしていますが、実際には男二人は何もせずに、銀二郎の肩に生活がかかっていたそうです。婿養子に来たら借金を返すために使用人のように働かされ、おまけに戦もないのにちょんまげの爺さんに蔑まれながら剣術を鍛えられる毎日。家には爺さんの息子で朝アルバイトで牛乳配達してる男とその妻で専業主婦の女の分も食い扶持を稼がなければならない過酷な日々でした。
銀二郎の精神的孤独、本当のつらさは誰も理解してくれなかったし、癒してくれなかったのです。決して働くのがつらいだけで出奔したわけではありませんでした。視聴者からは「銀二郎、報われないな~」「もう、史実は別として銀二郎とトキの物語を別に作ってほしいくらい」という声が上がっています。
トキと再会した銀二郎は、強い口調で「あの家には戻れない」と言い切りました。土下座してまで謝罪したけれど、最後に見せた強い意思には、もう二度とあの環境には戻りたくないという決意が込められていました。勘右衛門が鎧兜を売ったことを聞いて少し驚いていましたが、おじじ様が銀二郎さんに謝りたいと思っていると言われた時は首をかしげていました。そこは信じられないという気持ちの表れだったのでしょう。
松野家の人々は面白おかしく暮らしているように見えますが、その陰で銀二郎が受けていた仕打ちは決して軽いものではありませんでした。朝ドラのヒロインの家族なのに、松野家の人達に肩入れできなくなってしまったという視聴者の声も多く聞かれます。銀二郎さんがあまりにもいい人過ぎて、泣けてくるほどなのです。酒癖や女癖の悪いようなひどい人なのかと思ったら、実際は真逆でした。
東京に出た銀二郎は、松野家を出てからの生き生きとした笑顔を見せています。一応士族だし、人柄も頭も良さそうだから肉体労働でなくても稼げそうです。実際の史実では、経済的に大成功したそうです。男四人にアサリ汁を振る舞う姿が楽しそうだったことからも、銀二郎が東京での生活に満足していることがわかります。もう松野家には戻らないという銀二郎の決意は、決して揺るがないものなのです。
朝ドラ受けで明かされた視聴者の複雑な心境
NHK『あさイチ』の恒例コーナー「朝ドラ受け」で、博多華丸・大吉さんと鈴木奈穂子アナウンサーが、視聴者の複雑な心境を代弁する場面がありました。第18回の放送後、トキと銀二郎が再会し、互いに好きな気持ちがあることが明らかになったシーンについて語られたのです。
鈴木アナは「ひとまずは良かったですよね」と切り出しましたが、大吉さんは「これを言うと元も子もないけど、2人が結ばれないってオープニングで分かっているからね。あの人じゃないって分かっているから」と率直に語りました。『ばけばけ』のオープニングはヘブンとトキ二人の仲が良さそうな写真で構成されているため、最終的に銀二郎とは別れることが暗示されているのです。華丸さんも「こればっかりはもう分かっているからね」と同意しました。
視聴者からは「毎朝見せられるオープニングで銀二郎との別れを暗示されていて複雑」「今後の展開がわかっていても、今朝はわざわざ見せるなよヘブンはまだなのよーと思ってしまった」という声が上がっています。特に今回のオープニング映像は、始めから終わりまで二人のラブラブ写真だからこそ、せつない銀二郎さんを観た直後にオープニングが流れると、「そんなに2人でデレデレしないでよ」という気持ちにもなってしまうのです。
興味深いのは、華丸さんが「ただオープニングはちょこちょこ歌詞が変わったり」と変化していると指摘した点です。鈴木アナも「写真もちょっと違う感じがしたり」と反応しました。すると大吉さんは「どうせ、みたいなことは思わない方がいいかもね」と語り、華丸さんは「オープニングが何かちょっと変わっているという話にしようよ」と続けました。「気付きました?同じ写真もあるんですよ。急に差し込まれた写真もあるんです」という華丸さんの発言に、大吉さんは「終わってから楽屋でいっぱい聞くから」と制止していました。
視聴者の中には「オープニングの歌詞や写真をちょこちょこ変更できるのなら、ヘブンと出会う前と後で変えてほしかったかも」「いずれ2人が主役になってからなら良いけど、今は不自然ですね」という意見もありました。一方で「分かっていてもいいんですよ。過程を楽しんでいるんですから」「プロセスの描き方を楽しむのが朝ドラですからね。そのために半年もやるわけだし」という冷静な声も聞かれます。
大吉さんは「ボールが今、トキの手にあります。どっちに投げても大事な誰かが傷つく。残酷ですね。でも、決断を強いられることもあるのが朝ドラヒロインだと思います」と語りました。この言葉は、多くの視聴者の気持ちを代弁したものでした。好き合っている二人なのに、トキは松江の家族を見捨てることができないだろう。見ている方としてはこのまま東京で二人で暮らしてほしいけれど、家族のことを考えると別れるしかないという複雑な心境なのです。
「虎に翼」「あんぱん」「ばけばけ」と、最近の朝ドラヒロインは再婚している人がよく取り上げられています。どのヒロインの最初の夫も添い遂げられないのが残念なくらい良い人たちばかりで、分かっててもお別れはツラいという声が相次ぎました。実在の人物がモデルの朝ドラの宿命として、ある程度の進行がわかってしまうのは仕方がないことです。しかしだからこそ、その途中を時代を背景に楽しめるのだという意見もあります。
ある視聴者は「むしろ8時15分から『このまま2人とも東京に残った世界線』を放送したらいいよ」と冗談めかして提案していました。また「思い切って、史実と異なるタイムパラドックスなSF展開にしちゃったら?少なくとも、怪談怪談言いながらドラマ中でそれほど怪談出てこない今のばけばけより面白いのでは」という斬新な意見も見られました。顛末はわかっているからこそ、視聴者は様々な想像を膨らませながら、朝ドラ受けでの会話に共感しているのです。
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