【あんぱん第39話】釜じいの涙と嵩の決意 – 戦争が変えた人々の運命

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釜じいの深い悲しみと愛弟子への想い

朝田家の石屋を営む釜じいにとって、この日ほどつらい仕事はありませんでした。愛息・結太郎に続いて、今度は愛弟子である豪の墓石を彫らなければならないのです。石工としての誇りを胸に、長年にわたって数多くの墓石を手がけてきた釜じいでしたが、豪の前では無力でした。「豪、すまん…。わしには彫れん…」という言葉が、彼の心の奥底からあふれ出ます。

豪は釜じいにとって、ただの弟子ではありませんでした。実の息子である結太郎が世界中を飛び回って命を縮めてしまった分、豪への愛情は格別なものがありました。釜じいは豪が立派になって自分の跡を継ぐ日を心待ちにしていたのです。壮行会では盛大に送り出し、帰ってきたら祝言を挙げるとまで言っていました。それほどまでに豪を息子のように愛していたのです。

昨日の放送では、石を思いっきり叩くように彫っていた釜じいの姿がありました。あの時から、もしかしてという予感を抱いていた視聴者も多かったことでしょう。釜じいにとって豪は、実質的に息子二人に先立たれたのと同じ痛みでした。結太郎の墓石を彫る時もかなり辛そうでしたが、その気持ちを察すると余りあるものがあります。

石工という職業柄、多くの人の最期に関わってきた釜じいですが、自分が愛していた人の墓石を彫るのは別次元の苦しみです。仕事とはいえ、息子、そして家族同然の弟子、二人の墓石を彫ることになるとは、人生の皮肉を感じずにはいられません。釜じいの無念や喪失感は果てしないものでしょう。もともと体の無理を押して仕事を続けていただけに、この打撃でガックリときてしまわないか心配になります。

兵事係の人から紙を受け取った時の釜じいの「豪よ~」という叫びも胸を打ちましたが、今回の墓石に向かい合うシーンでは、多くの視聴者の涙腺が崩壊しました。釜じいが誇りと思っていた自分の職を呪うことにならないか、そんな心配さえ生まれてきます。戦争の残酷さを、釜じいの姿を通して改めて感じさせられる場面でした。

中島歩演じる若松次郎の誠実な求婚

朝田家に突然現れた若松次郎は、のぶへの真摯な想いを込めた求婚を行いました。船の機関士という職業柄、普段は海の上で過ごすことが多い次郎ですが、この日は特別な決意を胸に朝田家を訪れたのです。持参したのぶの写真は、お見合いの際に鳥が羽ばたいた瞬間の表情を捉えた素晴らしい一枚でした。カメラを常に持ち歩いていた次郎は、そのシャッターチャンスを逃さず、のぶの自然で美しい笑顔を写真に収めていたのです。

「今日はのぶさんに、正式に結婚を申し込みに参りました」と切り出した次郎の言葉には、誠実さがあふれていました。以前は当分結婚する気がないと言っていた彼でしたが、ふとした時にのぶの笑い声や笑顔が浮かんでくるのだと告白しました。「のぶさん、私の…生涯の伴侶になっていただけませんか?」という求婚の言葉は、再び航海に出る前に気持ちを伝えたいという真剣な思いから生まれたものでした。

中島歩さんが演じる次郎は、容姿の端正さだけでなく、おっとりした雰囲気に育ちの良さが感じられる魅力的な人物として描かれています。あさイチでの出演では、その人柄の良さが画面越しにも伝わってきました。髪型が違うだけで一気に現代人になる変化も印象的で、背も高く足も長い、まさに理想的な男性像を体現しています。国木田独歩の玄孫であることが明かされたのも話題となりました。

のぶからは「お気持ちは…ありがたいがですけんど、今は…やはり決心がつきません」という返事をもらいましたが、次郎は「のぶさんの気持ちが変わるまで、僕は待ちます」と決心を固めました。この誠実な対応は、結婚相手としては百点満点と評価されるほどです。仕事で家を空けることが多いという職業上の制約はあるものの、のぶにとって頼れる存在になることは間違いないでしょう。次郎の温かな眼差しには、結太郎の面影を重ねる人も多く、のぶに必要な心の支えとなりうる人物として期待が寄せられています。

戦死の知らせが変えた人々の運命

原豪の戦死という衝撃的な知らせは、朝田家の人々だけでなく、多くの関係者の人生を大きく変えました。一枚の紙切れで伝えられた「戦死」という事実は、あまりにも重く、受け入れがたいものでした。豪を愛していた蘭子にとって、この知らせは心に深い傷を残し、彼女の人生観そのものを変えてしまったのです。

蘭子は豪の満期除隊までの日にちを数えていた帳面を、もう手放すことができずにいます。バツ印がつけられることのないその帳面は、彼女にとって豪との思い出を繋ぐ大切な宝物となりました。最愛の人を亡くした悲しみ、そして自分のせいでのぶの足枷になっているかもしれないという気持ちのダブルパンチで、蘭子の心は完全に閉ざされてしまいました。河合優実さんが演じる蘭子の表情からは、言葉では表現できない深い悲しみと絶望が伝わってきます。

戦死の知らせは、のぶの心境にも大きな変化をもたらしました。教育勅語を暗唱する生徒たちの姿を見て、初めてつらくなったのです。「どこが、立派ながで」という蘭子の言葉が、子どもたちの教育勅語の詠唱と重なり、のぶの中に深い葛藤が生まれました。愛国心や立派な死という美辞麗句の裏にある現実の残酷さを、身近な人の死を通して実感したのです。

戦争は確実に、町の若者たちの命を奪い続けています。豪だけでなく、これから先も多くの若い命が失われていくことになるでしょう。三爺たちも、今後は大勢の町の若者や自分の甥、孫息子の葬式に関わる日が待っているかもしれません。饅頭屋も和尚も、そして釜じいも、それぞれが戦争の重い現実と向き合わなければならないのです。愛国精神や立派な死という言葉では到底癒やすことのできない、深い悲しみと喪失感が人々の心を支配しています。戦争の残酷さは、個人の幸せや人生設計を容赦なく破壊し、生き残った人々の心に消えることのない傷を残していくのです。

嵩の決意と遅すぎるかもしれない告白

東京で美術学校に通う柳井嵩は、千尋からの手紙で豪の戦死とのぶに縁談が舞い込んでいることを知りました。手紙には「兄貴の気持ちを伝えるなら、急いだ方がえいと思います」という千尋からの助言も書かれていました。しかし、嵩の行動は相変わらずゆっくりとしたものでした。幼少期からずっと、のぶや千尋の半歩後を歩んできた嵩らしい反応といえるでしょう。

スランプを脱した嵩の楽しげな絵を見た座間晴斗は「時代と逆行してるね。いいじゃない。スランプ抜けたか」と評価しました。こんな鬱々とした時代だからこそ、明るい絵が必要なのかもしれません。嵩は辛島健太郎に向かって「僕は決めたよ。この卒業制作を仕上げたら、のぶちゃんに会いに行く。今度こそ、ちゃんと気持ちを伝える」と宣言しました。ようやく決心を固めた嵩でしたが、多くの視聴者からは「急げよ、嵩くん」「決断が遅かったかも」という声が上がりました。

嵩の「この卒業制作を仕上げたら」という言葉には、彼なりの誠実さが込められています。芸術家としての責任を果たしてから愛する人に向き合いたいという気持ちは理解できるものの、のぶの置かれた状況を考えると悠長すぎるかもしれません。のぶに必要なのは、今このときに手を差し伸べてくれる人なのではないでしょうか。次郎の誠実な求婚と温かな眼差しと比較すると、嵩の行動は「時すでに遅し」の感が否めません。

それでも、嵩とのぶが結ばれることが運命であることを知っている視聴者は、この二人の関係を気長に見守ろうという気持ちになります。嵩は遅いというよりもゆっくりなのです。大きな愛情がゆっくりと育ち、いつか線が交わる日が来ることを信じて待つしかありません。過去の朝ドラでも見られたように、「好きなおなごがいたら、あれができたら、これができたらと決めずにさっさと告白しろ」という教訓があるにも関わらず、嵩はその轍を踏もうとしています。紆余曲折しながらも、辛いことを絵を描く力に変えられる嵩だからこそ、最終的には必ず頑張ってくれるはずです。

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