2025年後期放送予定のNHK連続テレビ小説「ばけばけ」に登場する主人公の夫「レフカダ・ヘブン」は、実在の作家・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)をモデルとしており、彼の来日理由は西洋文明への絶望と「失われた日本」への憧れにありました。ヘブンという名前には「天国」や「彼岸」を求めて彷徨い続けた放浪者としての人生が象徴されており、ドラマで描かれる「日本放浪記」とは、ハーンの初期代表作『知られぬ日本の面影』をベースにした物語と考えられます。本作は、ギリシャ生まれの異邦人が明治時代の日本で「小泉八雲」という日本人に生まれ変わるまでの軌跡と、没落士族の娘である妻・松野トキ(モデルは小泉セツ)との出会いを通じて、夫婦が共同で「怪談」という文学作品を生み出していく過程を描きます。この記事では、ヘブンの来日理由から「日本放浪記」の意味、そしてドラマの見どころまで、史実に基づいて詳しく解説していきます。

朝ドラ「ばけばけ」とは何か:2025年後期放送の注目作
2025年後期に放送が予定されているNHK連続テレビ小説(朝ドラ)第113作「ばけばけ」は、明治時代の日本を舞台に、怪談を愛した外国人作家とその妻の物語を描く作品です。実在の人物である小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と妻・小泉セツをモデルとしており、異文化間の交流や、急速な近代化の中で失われゆく「古き良き日本」の精神、そして夫婦が共同で創り上げた「怪談(Kwaidan)」の世界観が主要なテーマとなっています。
タイトルの「ばけばけ」には、二重の意味が込められていると解釈できます。第一に「化け物(ばけもの)」、すなわちハーンとセツが生涯を通じて収集し愛した妖怪や幽霊、怪異のメタファーです。ハーンは片目の視力を失っていたこともあり、目に見える物質的な世界よりも、見えざる精神世界や霊的な存在に深い親和性を抱いていました。第二に「化ける(ばける)」という変身の意味です。ギリシャに生まれ、アイルランド、アメリカ、西インド諸島を放浪したラフカディオ・ハーンが、日本という異質の土壌で「小泉八雲」という日本人に「化ける」プロセス、そして没落士族の娘であるセツが異国人の妻として、また語り部として新たなアイデンティティを獲得していく過程を示唆しています。
レフカダ・ヘブンとは誰か:名前に込められた深い意味
ドラマでトミー・バストウが演じる主人公の夫「レフカダ・ヘブン」の名前には、モデルとなったラフカディオ・ハーンの出自と精神性が凝縮されています。
「レフカダ」という名前は、ハーンの出生地であるギリシャのイオニア諸島の一つ「レフカダ島」に由来します。ハーンの本名は「パトリック・ラフカディオ・ハーン」であり、ミドルネームの「ラフカディオ」はこの島にちなんで名付けられました。「レフカダ」は古代ギリシャ語で「白(leukos)」を語源とし、同島の白い断崖を指しますが、同時に「彷徨」や「消失」といったニュアンスも含むとされています。ドラマにおいてこの名を冠することは、彼が根無し草の「放浪者(ワンダラー)」であることを強調しているのです。
一方「ヘブン」という姓については、史実の「ハーン(Hearn)」から変更されており、複数の解釈が可能です。音声的には、明治時代の日本において「Hearn」は「ヘルン」あるいは「ハーン」と発音されましたが、その響きは「天国(Heaven)」に通じる神秘性を帯びていた可能性があります。語源的には、ハーン(Hearn)という姓自体がラテン語の「Errare(彷徨う)」や、ジプシー(ロマ)の言葉にルーツを持つという説があり、定住しない魂を意味するともいわれています。ドラマの「ヘブン」は、彼が地上のどこにも安住の地を見つけられず、常に「彼岸(あの世)」や「精神的な天国」を求めていた人物であることを象徴していると考えられます。また、日本の寒村にとって異人は時に「マレビト(稀人)」、すなわち異界からの来訪者として扱われることがあり、「天(ヘブン)」から来たような不思議な男というニュアンスも含まれているのです。
ヘブン(ハーン)の来日理由:西洋文明への絶望と東洋への憧れ
ドラマの序盤で描かれるであろう「なぜギリシャ生まれのアイルランド育ちの作家が、極東の島国・日本へ来たのか」という問いは、多くの視聴者が抱く疑問でしょう。ここには単なる観光旅行ではない、深い絶望と希望が入り混じっています。
1890年(明治23年)当時、ハーンは40歳でした。彼はアメリカのシンシナティやニューオーリンズでジャーナリスト生活を送った後、フランス領西インド諸島のマルティニーク島に滞在していました。ハーンは産業革命以降の西洋社会、特にニューヨークのような大都市の喧騒、物質主義、厳格なキリスト教的道徳観に激しい嫌悪感を抱いていました。彼が求めていたのは「より古く、より霊的で、自然と調和した世界」だったのです。
ハーンにとって日本は、西洋近代化の波に洗われていない「最後の桃源郷」としての幻想でした。パーシヴァル・ローウェルの著作『極東の魂(The Soul of the Far East)』などを読み、日本の神秘性に強く惹かれていたのです。
ハーンの来日は、当初は米国の出版社「ハーパー社(Harper’s Magazine)」の特派員としての仕事でした。「冬の日本旅行」などの紀行文を書く予定だったのです。しかし、1890年4月に横浜に到着して間もなく、ハーンは同行していた画家や出版社と金銭および著作権を巡って対立し、一方的に契約を破棄しました。これにより、ハーンは異国の地・日本で職も金もコネもない状態で放浪することになったのです。まさに「日本放浪記」の始まりでした。この絶体絶命の状況が、彼を単なる「観察者(旅行者)」から、生活のために日本社会に同化せざるを得ない「生活者」へと変貌させたのです。
「日本放浪記」の意味:ハーンの代表作『知られぬ日本の面影』との関係
ドラマにおける「日本放浪記」というキーワードは、ハーンの初期の代表作『知られぬ日本の面影(Glimpses of Unfamiliar Japan)』(1894年刊)を指していると考えられます。
この作品は体系的な研究書ではなく、ハーンが松江、出雲、熊本などで見聞きした事物、風景、感情を印象派の絵画のように綴ったエッセイ集です。「放浪(Horo)」という言葉には、ハーンの姓の由来とされる「Errare(彷徨う)」に加え、彼が特定の場所に定住せず常に「失われた何か」を探して移動し続けた人生そのものが表現されています。
ドラマでは、レフカダ・ヘブンが常にノートを持ち歩き、トキが語る話やふとした風景を書き留める小道具として「放浪記」が登場すると予想されます。これは二人の「共同作業」の象徴となるでしょう。
松野トキ(小泉セツ)の存在:没落士族の娘が持つ「出生の秘密」
ドラマで髙石あかりが演じる主人公「松野トキ」は、小泉セツをモデルとしています。
「松野」という姓は、セツの出身地であり物語の舞台となる島根県「松江」の「松」と、彼女の実父が仕えた松江藩主「松平」家から着想を得たものと推測されます。また、松は常緑樹であり、没落しても変わらぬ士族の誇りや、ハーンを支え続けた不変の愛を象徴しています。「トキ」という名前は、日本を象徴する鳥「朱鷺」あるいは「時」に通じます。絶滅に瀕した美しい鳥としてのトキは、明治の近代化の中で滅びゆく「武家の精神」や「古き良き日本の風習」を体現するセツの役割と重なり、「時」という名はハーンと共に過ごしたかけがえのない時間を想起させます。
ドラマの重要なプロットポイントとして予告されている「出生の秘密」は、史実におけるセツの複雑な家庭環境に基づいています。セツの実父・小泉湊は松江藩の「番頭」を務める家禄300石の上級士族でした。これは組士50人を統率する立場であり、約1000家ある松江藩士の中でも高い地位でした。しかしセツは1868年2月4日に生まれた後、わずか7日ほどで遠縁の稲垣家へ養女に出されました。その理由は、稲垣家に子供がおらず、小泉家との間で「次に生まれた子は養子にする」という事前の約束があったためです。
セツは自分が「貰い子」であることを知っていましたが、養父母からは溺愛されて育ちました。しかし養家もまた没落し、後に実家である小泉家に戻ることになります。この「二つの家を持つ」「根無し草のような不安定さ」は、異国から来たハーンの孤独と共鳴する重要な要素なのです。
雨清水家の人々:ドラマに登場する松野トキの実家
ドラマでは主人公トキの実家は「雨清水」家として描かれます。史実の小泉家がモデルとなっています。
父・雨清水傳(堤真一)のモデルは小泉湊で、松江藩300石の武士でした。1866年の長州戦争で武功を挙げた気骨ある人物でしたが、維新後に機織り事業に失敗して没落しました。セツがハーンと出会う前の1887年に50歳で病死しています。
母・雨清水タエ(北川景子)のモデルは小泉チエで、家老職・塩見家の娘(1500石)でした。絶世の美女で三味線や草双紙(絵本)に通じていたと伝えられています。夫の死後は極貧生活を送り、セツの仕送りに頼ることになりました。
弟・雨清水三之丞のモデルは小泉藤三郎で、セツの異母弟あるいは実弟にあたります。定職に就かずセツに金を無心し続けたとされ、ハーンにも嫌われたとされる人物ですが、人間臭いエピソードを持っています。
雨清水家(小泉家)の描写は、明治維新がいかに残酷に士族階級を解体したかを浮き彫りにします。父・湊の事業失敗や母・チエの困窮は、セツがなぜ女中奉公に出なければならなかったか、そしてなぜ「異人」との結婚という当時としては異例の選択を受け入れたかという経済的・社会的背景を裏付けるものです。
ハーンの身体的特徴:「見えない世界を見る男」の秘密
ドラマでハーンを演じるにあたり、重要な要素となるのが彼の「目」と「コンプレックス」です。
ハーンは16歳の時、イギリスの寄宿学校(アショウ・カレッジ)での遊戯中に左目を失明しました。以後、彼は義眼を嫌い、白濁した左目を隠すために写真を撮る際は必ず右顔を見せるか、伏し目がちにするようになりました。残された右目も強度の近視であり、書物を読む際は紙に顔をこすりつけるようにして読み、遠くを見る際は片眼鏡(モノクル)を使用しました。
この視覚的ハンディキャップは、彼が対象の「詳細なディテール」よりも「雰囲気」「色彩」「音」「気配」を重視する独特の感性を育む要因となりました。ドラマにおいても、この「見えすぎる世界から遮断された男」という側面が、見えない妖怪を見る力として描かれる可能性が高いでしょう。
松江への赴任:「神々の国の首都」での運命の出会い
出版社との決裂後、東京での生活に馴染めなかったハーンは、帝国大学のバジル・ホール・チェンバレン教授や文部省の服部一三らの斡旋により、島根県尋常中学校(松江)の英語教師の職を得ました。
当時の松江は鉄道も通っていない陸の孤島であり、江戸時代の面影を色濃く残していました。ハーンはこの地を「神々の国の首都(The Chief City of the Province of the Gods)」と呼び、心酔したのです。ここで彼は生涯の伴侶となるセツと出会うことになります。
セツとハーンの「怪談」創作メソッド:夫婦の共同作業の秘密
ハーンの代表作『怪談(Kwaidan)』は、ハーン一人の力で書かれたものではありません。妻セツとの特殊なコラボレーションの産物だったのです。ここにドラマ「ばけばけ」の最大の山場があります。
言語の壁という大きな問題がありました。ハーンは日本語の読み書きがほとんどできず、会話も「ヘルンさん言葉」と呼ばれる独自のピジン英語・日本語(「Very お気の毒」「Please 食べる」など)を使っていました。一方、セツも英語は話せませんでした。
しかし二人は独自の創作プロセスを確立しました。まずセツが古本屋で「草双紙」や怪談本を買い集め、あるいは近所の古老から不思議な話を聞き集めます。次にセツは物語を一度自分の中で消化し、ハーンが理解できる平易な日本語とジェスチャーで情感を込めて語って聞かせます。この時セツは単なる翻訳機ではなく、物語のトーン(恐怖、哀れみ、美しさ)を決定づける「演出家」でした。そしてハーンはその語りを聞きながら物語の「霊的核」を掴み取り、それを格調高い英語の散文へと再構築したのです。
『怪談』の中でも有名な「雪女」のエピソードには、セツの関与が強く示唆されています。雪女が去り際に言う「その時、あなたがそのことを一言でも言ったら、私はあなたを殺すと言いました…」というセリフは、セツがハーンに向かってまるで自分が雪女であるかのように語りかけた言葉がそのまま採用されたという説があります。ドラマでは、セツが憑依したように物語を語り、ヘブンが戦慄しながらそれを書き留めるシーンが期待されます。
ドラマの舞台を巡る:松江・熊本・神戸の史跡ガイド
ドラマ「ばけばけ」の放送に合わせて、実際の史跡を訪れたいという方のために、主要な舞台となる場所を紹介します。
松江時代(1890年8月〜1891年11月) は蜜月と発見の時期です。島根県松江市にある小泉八雲記念館・旧居では、二人が新婚生活を送った武家屋敷が当時のまま保存されています。ハーンが愛した三方が庭に面した部屋や、彼が高さを調整した机などが残っており、庭の風景を楽しむことができます。ハーンはここの自然、虫の音や蛙の声をこよなく愛しました。城山稲荷神社はハーンが通い詰め、数千の狐の石像に魅了された場所で、ドラマでも重要なロケ地となる可能性が高いでしょう。月照寺には巨大な亀の石像があり、ハーンの作品にも登場します。
熊本時代(1891年11月〜1894年10月) は苦悩と家族の絆の時期です。熊本市坪井にある小泉八雲旧居は、五高(現・熊本大学)の教授として赴任した際の住居で、ここで長男・一雄が誕生しました。ハーンは松江を愛するあまり、近代的で軍都的色彩の強い熊本を「醜い」「俗悪」と嫌いました。しかし教え子たちの素朴な精神性(熊本スピリッツ)には敬意を表したとされています。ドラマでは松江とのギャップに苦しむヘブンを、トキが支え、家族としての絆を深める時期として描かれるでしょう。
神戸時代(1894年10月〜1896年) はジャーナリストへの回帰と病の時期です。旧居留地や北野異人館街周辺で、英字新聞「神戸クロニクル」の記者として働きました。この時期の重要なエピソードとして、過労によりハーンは右目の視力も失いかける眼病を患います。光を遮断した暗い部屋でセツが献身的に看病しました。この経験が、後の「闘」や「見えないもの」への感覚をより鋭敏にした可能性があります。
「異人」と「没落士族」の共鳴:ドラマが描く普遍的なテーマ
「ばけばけ」の物語の核は、西洋社会からドロップアウトした「異人」ハーンと、明治社会から置き去りにされた「没落士族」セツという二人の「社会的なアウトサイダー」が出会い、互いの欠落を埋め合わせる点にあります。
ハーンはセツの中に「失われた日本の精神」を見出しました。一方セツはハーンの中に「自分の語る物語を理解し、世界へ伝えてくれる代弁者」を見出したのです。この相互補完関係こそが、単なる夫婦愛を超えた文学的なパートナーシップの正体でした。
ドラマの役名「ヘブン」は、彼が日本に求めたものが地理的な場所ではなく精神的な安息地(Heaven)であったことを示唆しています。しかし現実の日本は急速に西洋化しており、彼の求める「ヘブン」は消えかかっていました。だからこそ彼はその消えゆく光景を文字として記録(放浪記)することに執着したのです。
主要人物・出来事年表で振り返るハーンの生涯
ドラマの理解を深めるために、主要な出来事を年表形式で整理します。
1850年にラフカディオ・ハーンはギリシャのレフカダ島で誕生しました。これが「レフカダ・ヘブン」の名前の起源です。幼少期に母との離別、父との疎遠を経験しています。
1868年には小泉セツが松江で誕生しました。生後すぐに稲垣家へ養女に出され、「松野トキ」のモデルとなる士族の娘としての誇りと「貰い子」としての孤独を抱えることになります。
1890年(明治23年)、ハーンは来日しました。出版社と決裂し松江の中学校へ赴任したことで、「日本放浪記」が始まり、運命の出会いへとつながっていきます。
1891年(明治24年)にハーンとセツは松江で結婚生活を開始しました。貧しくとも豊かな「怪談」生活の始まりです。
1893年(明治26年)には熊本にて長男・一雄(レオポルド)が誕生しました。父としての自覚が芽生え、日本への帰化を意識し始めます。
1894年(明治27年)に神戸へ移住しました。眼病の発症とセツの看病を通じて夫婦の絆が深まり、「闇」の中での対話が行われた時期です。
1896年(明治29年)、ハーンは日本に帰化し「小泉八雲」となりました。東京帝大講師に就任し、「ヘブン」が日本人になる瞬間でした。
1904年(明治37年)には『怪談』が出版されました。二人の共同作業の結晶が世に出た同年、ハーンは享年54歳で亡くなり、永遠の別れとなりました。
現代に響く「ばけばけ」のメッセージ
2025年の現代もまた、グローバル化とデジタル化の中で「固有の文化」や「身体的な感覚」が希薄になりつつある時代です。約130年前に「見えないもの」を大切にし、異文化の中に普遍的な人間性を見出した小泉八雲とセツの物語は、現代人にとっても強い共感を呼ぶ「再生」の物語となるでしょう。
朝ドラ「ばけばけ」は、単なる歴史ドラマではありません。言葉の壁を超えて心を通わせた夫婦の物語であり、失われゆくものを記録し後世に伝えようとした情熱の物語であり、そして「見えないもの」を信じる力の物語なのです。2025年後期の放送開始が待ち遠しい作品といえるでしょう。










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