朝ドラ「らんまん」やっぱり牛鍋のお代は竹雄が支払ったのかな?来週、田邊教授の正体が判明?

らんまん

NHK連続テレビ小説『らんまん』における牛鍋は、万太郎の金遣いの荒さや神木隆之介の過去の役とは関係なく、明治時代の象徴として描かれている。第8週では、東大生3人と万太郎が牛鍋を囲み、未来を担う若者のきらめきが描かれた。

田邊教授(要潤)から「君と私はつながるべくしてつながったのかもしれないな」と言われ、植物学の研究室への出入りを許可された万太郎。順風満帆かと思ったが、第8週ではしょんぼりすることもあった。田邊もそれほど申し分なく素敵な人でもなさそうだった。

万太郎は、他の研究室の人たちから冷たくされるが、彼らに対してネガティブな態度をとらず、自分がよそ者であることを自覚する。万太郎は権威や出世や生活費を稼ぐことを目標にしておらず、生涯かけて世界の植物を記録し、図鑑を作ることを考えている。彼の目標に燃える姿勢に寿恵子や堀井丈之助も共感し、新しいことを語り合う彼らは実にキラキラ輝いている。

先週は、東大生の友人が増えて嬉しい週でした。希望に燃えている若者たちが良かったです。

史実の牧野冨太郎は、どんどん破天荒になっていくらしいですが、このドラマはそんなことを感じさせず、それまでの過程が丁寧に描かれているので、大変面白く感じます。

田辺教授のモデルの方は、最終的に万太郎を東大から追い出すらしいですが、その後も色々な展開があるらしく、ドラマでは簡単に勧善懲悪で終わらないといいなと思います。

らんまん、来週も楽しみです。

食わず嫌いでなければ、牛鍋はご馳走だったようですが、わりとつい最近まで、脚で立って歩く動物を割いて食することに対して忌避する感情が日本人にはあったようです。今でもお葬式の後に肉食は避けますよね。そのため、ステーキなんていうのは、モノ珍しい西洋料理というよりも、動物の肉を焼いた、キミ悪い食べ物と見られることが多かったのでしょうね。安藤玉恵さんの世話役さんは、ちょっと薄気味悪そうに眺めつつ、折角の好意を無にせず、新しいモノも進んで受け入れてみるという気持ちのいい人だったと言われています。

普通に考えて、小学校しか出てないのに、実家の金に物言わせてはるばる東京に出てきた、ド田舎のお坊ちゃんが、いきなり東大に来て馴れ馴れしく研究室に出入りしたら、そりゃ学生たちは面白く思わなくて当然です。でも、これまで植物のこととなると猪突猛進でKYな言動が多かった万太郎も、周りの空気を読んだり、関わり方を考えたり、自分の立場を客観的に見られるようになってきましたね。また、寿恵子さんが万太郎に興味を持ってきて、距離が自然に縮まってきているようです。

この朝ドラにありがちな、金曜日にすべて問題解決じゃなくて、ゆっくり丁寧に温めていく感じがとても良いと思います。

藤丸くんはキノコを研究したいと思っており、波多野くんは遺伝子の研究、丈之助は小説の改革、万太郎は日本国内のすべての植物を明らかにしていきたいと、それぞれ自分のやりたいことをしっかり持っています。4人は牛鍋も一緒に食べ、万太郎にしっかりついて行きそうなメンバーです。

田邊教授は西洋の文化について熟知しており、完璧主義者であり、完璧ではないものは許さないという考え方を持っています。彼は画工の野宮を叱責し、神は私に幸運を与えてくださったため、野宮に逆らってはいけないと述べました。雷が鳴り響く中、彼の印象は非常に悪い男になってしまいました。このような田邊教授の考え方と、万太郎とは馬が合わないようです。彼らはどこかでぶつかりそうです。また、来週も楽しみです。

西洋文明との出会いに対する人々の様々な反応は面白いと思います。

田邊教授は、英語混じりの会話やローマ字使用の提言、日本の音楽を消し去るなど、過激な西洋かぶれの代表的人物として描かれています。一方、実業家の高藤は鹿鳴館を批判し、政府高官は疑問符を付けながらも「やるしかない」と述べました。

万太郎は、洋装して牛鍋やステーキを楽しむ一方、長屋の生活を楽しみ、日本の草花を愛する人物として描かれています。りんさんはお箸でステーキと格闘し、竹雄はボウイの制服をピタッと着こなしています。

結局、鹿鳴館作戦は失敗に終わりますが、田邊教授がどのように描かれていくのか、楽しみです。

田邊教授のモデルは、史実では新しいもの好きで、牧野先生と対立する人物だったようです。しかし、要潤さんを起用したことに何かひと工夫があるのなら、史実通りのことをしても、後でそれを悔いる展開があるのではないでしょうか。教授が完全な悪者なら、もっと悪役顔した俳優さんに演じてもらい、要さんを起用する必要はなかったのではないでしょうか。また、こんな端正な顔立ちの俳優さんが、意外にも悪者なのかと視聴者に思わせる意図もあるのかもしれません。

指摘の通り、日本人は幼少期から勧善懲悪や単純な善悪二元論で物事を捉えるように刷り込まれています。教授は悪い人ではありませんが、多くの日本人にとっては”嫌な”人です。彼は合理的で理知的で進歩的です。良いと思えば採用しますが、そうでなければ、切って捨てることができるタイプの人です。彼は冷淡で冷徹で、自分も含めて「情」を重んじる日本人には好かれないタイプです。

自分よりも優秀な人が来るのを嫌うのは、洋の東西を問わずあるでしょう。教授の場合は、自分のレベルが高いため余裕があるのです。だから小学校中退でも、万太郎とその標本が使えると思えば出入りを許可し、植物のライフサイクルを1枚の紙に表現するのは良いと思えば取り入れます。しかし、助教などはその水準が低いため、人は自分の存在を脅かす存在として反射的に排除しようとするのです。

今後、教授が万太郎が自分を脅かす存在と認識するようになった場合、彼が嫌な人ぶりを発揮するかもしれません。私たちはその様子を楽しみにしています。

万太郎は古いものも新しいものも、完璧でないものも、過程にあるものも、すべて区別なく見つめようとしています。 二人とも植物学を志している点は共通していますが、考え方が180度違うため、物語の展開が史実と異なる点もあり、どうなるか楽しみです。 万太郎は自分のやりたい『植物学の体系を純粋にまとめたい志』を貫き通し、物事の損得を考えない人物であるため、後世まで名を残すことになったのではないでしょうか。そのため、共感した妻や周りの人々が暖かく見守って応援したと考えられます。 これからの物語が楽しみです。 (これは個人の見解です。)

先日、BSNHKの「英雄たちの選択」で、万太郎のモデルである牧野富太郎が取り上げられ、史実では教授が富太郎を東大から追い出すことを知ってしまったことが悩ましく感じられました。BSを見なければ良かったとも思いましたが、モデルなので、ドラマではどうなるのか気になります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました